漫画「編集王」全巻感想
感想は、ぶらっくうっどが書いてます。
よろしくお願いします!
漫画「編集王」はこんな人に読んで欲しい!
- 「業界もの」が好きな人
- 漫画業界の「裏側」を知りたい人
- 漫画業界に興味がある人
- 「熱い」熱血漫画が読みたい人
- 人情噺が好きな人
概略・あらすじ・知名度など
概 略
連載は1994年2・3合併号から1997年44号。
時代的にも「コミケ」なども取り上げられている。1989年に起こった「宮崎勤事件」からそれほど時間が経っていないこともあってオタクにとっては冬の時代。
劇中の漫画家の中で、一人も「デジタル作画」をしている漫画家がいない時代のお話であり、「インターネット」も存在していません(わが国でインターネットが本格的に普及し始めるのは本作の連載終了の数年後から)。
なので、ある種の「時代劇」と考えてください。
あらすじ
15年近く打ち込んだボクシングの世界で芽が出ないまま、網膜剥離で引退することになった桃井環八(カンパチ)が、新たに出発したマンガの編集の世界で『あしたのジョー』の“ジョー”を目指す姿を描く。
知名度
今も続く「ネプリーグ」というクイズバラエティ番組にて、「漢字のみで構成されたタイトルのドラマを答えよ」という問題において、演者の一人お笑いトリオ「ネプチューン」の原田泰三は『編集王』と回答して見事正解しました。
…が、その存在を知っていたのは原田一人だけでした。
理由はシンプルなもので、この漫画を原作としたドラマ『編集王』こそ原田泰造の初出演にして初主演ドラマだったからです。
漫画「編集王」感想:編集者が主役の物語
漫画業界において、当然ながら主役は「漫画家」ということになります。
その世界を描いた作品は「まんが道」や「アオイホノオ」など沢山あります。
このブログではかつて「ルーザーズ」という「編集者漫画」を紹介しました。
ただこれは言ってみれば「実録もの」でした。
今回紹介する漫画「編集王」は完全にフィクションで、熱血青年が「編集者」として活躍する物語です。
それこそ「熱血スポ根漫画」みたいなものの「編集者版」というところです。
当然ながら非常に珍しいジャンルで、それこそ「漫画家漫画」においてはしばしば「敵役」として登場しかねない存在の「編集者」を主役にして物語など成り立つのだろうか?と思いますよね。
それが成り立つんですよ。それが『編集王』です。
現実は辛いよ
漫画家は夢のある商売と言われます。
それこそ戦後がやっと終わった頃の少年・少女漫画家のデビューは十代も半ばが当たり前でした。
「大学のマン研」出身者が当たり前の時代を迎える前はそれこそ「中卒・高卒」が当たり前だったでしょう。
それでも「当たれば」巨万の富を得られます。大ヒット漫画家の「お大尽」話は私が耳に挟んだだけでも幾らでもあるのでその辺りは省略。
では、それを統べる「編集者」の方はどうでしょう?
大手の出版社に就職する新入社員といえば「東京六大学」を出た様なエリートばかりで、極論すれば漫画なんて読んだことも無いいいところのお坊ちゃん・お嬢ちゃんも当たり前です。
彼らは当然、担当する漫画がどれほどヒットしても基本的には「お給料」を貰って雇われている存在に過ぎません。
大手の出版社における「マンガ」の売り上げはそれこそ出版社そのものを支えるほど巨大化しました。
同時に「面白い漫画」というよりも「売れる漫画」が重視される様になり、漫画は「初期衝動」を失っていると言われる様になります。
よく言われる「アンケート至上主義」などは「商業主義の典型」とされます。
要するにこの『編集王』の主旋律は「商業ロック論争」の漫画版なのです。
マンガ業界の暗黒面・・・実際はどうか?
実は今は無き「BSマンガ夜話」にてこの「編集王」が取り上げられたことがありました。
マンガ関係者、業界人たちによれば「こんな編集長はいない」「ありえない」とのことでした。
Wikipediaの「現実より戯画化して描かれている」という記述はそのあたりからでしょう。
とはいえ「週刊少年ジャンプ」において「アンケート結果が悪い漫画が10週で打ち切られる」現実は今も変わってはいません。
また、漫画家と編集者の確執は裁判に発展した例すらある大問題です。
更には漫画家自身の希望・要望ではなく「企画もの」といって編集者主導で描く漫画の内容を決められてしまう例などもよく知られます。
一方で「名ばかり」の「大御所」漫画家が君臨して横暴に強権を振るっているのもまたかなりの程度真実であった模様です。
この『編集王』に描かれた言ってみれば「マンガ業界の暗黒面」に関してはかなりの程度真実であると言っていいでしょう。
実際、面白いのか?
では一番の問題である、「ならこの『編集王』というマンガは面白いのか!?」という問題。
結論を言いましょう。
ムチャクチャ面白い!です。
何と言っても「漫画家」ならともかく、「編集者」となると「学歴」が必須なのに中卒でボクサーくずれの主人公が乗り込んでいって、「商業主義」に毒された面白くもなんともない漫画の数々に対して
『おれは面白い漫画が読みたいんだ!』
と正面突破していくのは痛快そのものです。
特に序盤の数巻は何度読んでも全身に湯気が立つほど興奮します。
扱っているのは漫画で、主人公は編集者ではありますが、それらは単なる素材であって、例え何を扱っていても熱いものは熱いんです!
紛れもなく熱血スポーツ漫画に通じる熱さです。
確かに「浪花節」に流れる側面はあります。
どれほど熱血編集者に諭されようと、面白くない漫画がネームを変えただけで劇的に面白くなったりはしないでしょう。
かつての冷血エリートがつまんない貧乏サラリーマンに堕し、憧れの彼女が風俗嬢になり、かと思えば不良だったあの娘が今は社会的に成功していたりするのは、余りにもステレオタイプな「世俗的な成功より『たいせつなもの』」という手垢にまみれたテーゼに見えます。
しかし、…それを乗り越えてなお『面白い』んですよ。
文庫版も発売されたりしていたみたいですが、現在は「電子版」が非常に簡単に手に入ります。
というか紙版は絶版になっていて、現在新品を買おうと思えば電子版しかありません。コミックは一部の巻が異常に高騰していたりします。
ですので、『熱い漫画』が読みたい人ならば迷わずゲット!で問題ありません!
悪役たち
最初のエピソードで「名ばかりの大御所漫画家のマネージャー」という厭味ったらしい立ち位置で登場する「仙台さん」。
カンパチの熱い思いに感化されて心を開きますが、彼が漫画家を目指しながらも断念したエピソードは連載が続いても中々描かれることが無く、すっかり忘れられたエピソードとなるかと思いきや、終盤近くになって「真実」が明かされます。
最大の問題人物だった「マンボ好塚」もかつては青雲の志を持つ「子供のために」漫画を描く聖人でした。
ところが徐々に商業主義に毒され、堕ちていきます。
この物語で完全に「悪役」として登場する「編集長」も、若い頃は理想に燃える熱血漢でした。
単なる悪役ではなく、「かつてはベビーフェイスだった存在の闇落ち」した後が「悪役」となっているというのは本当に辛いものがあります。
まるで「鬼滅の刃」の鬼たちみたいです。
「社長」の哲学
商業主義で漫画やヘアヌード写真を売っている「社長」にかつての同期で、今も「文芸誌」に固執する親友に対して言い放つ言葉が私には物凄く腑に落ちるものでした。
要するに「俺からしてみれば谷崎潤一郎だってエロ本だぞ」と。
これは全くその通りで、多くの文芸作品なんてエロ・グロ・ナンセンスなものです。ビジュアル的に分かりやすいかどうかの違いだけです。
しかもヘアヌード写真集の最大購買層は「50~60代のオヤジ」(90年代の漫画なので今はその層は80~90歳ですね)だというんですからお笑いじゃないですか。
その層こそ若い頃に文芸がどうこう言っていた年代なのです。
「マンガなんて下らん」と言っているその層が目の色を変えてヘアヌード写真集買ってるんですから。
連載当時は「蛇足」といわれた「出版幻想論」を扱い、「書店のリアル」まで紹介してくれた「文芸編」は私には忘れられないエピソードとなりました。
そんな思いまでさせてくれる『編集王』はやはり愛すべき作品です。
みんな読んでね!
おまけ・・・蛇足?
…と、ここで終わってもいいんですがちょっとだけ蛇足。
実は当作は中盤過ぎるあたり…「マンボ好塚」編、「エロ漫画」編あたりまで…はいいんですが、完全に迷走した「原稿紛失事件」「ゲーム開発編」をはさんで「仙台・疎井過去編」辺りを過ぎると明らかにふざけ始めてしまいます。
特に終盤に至ってはあらゆる「濃い」キャラたちが脱臭されたみたいになっていて作画も薄味…と言えば聞こえはいいんですが、はっきり言って『手抜き』にしか見えない状態になっていきます。
実はこんな漫画を描くくらいなので作者である土田世紀氏も「そういう人」だと思い込んでいたのですが、関係者の証言を総合するにどちらかというと、作中屈指の問題人物「マンボ好塚」氏よりの人物だった模様です。
何しろ自身が重度のアルコール中毒者でわずか43歳で肝硬変を病んでお亡くなりになってしまっています。
一度だけテレビのインタビュー映像を見たことがあったのですが、最初から最後までずーーーーっと
「税金で稼いだ金の幾らを持って行かれるか」
とお金に関する愚痴ばっかりで正直幻滅したのを覚えています。
終盤の展開なんて、「序盤の熱さを思い出してくれよ!」と言いたくなってしまうほど。
ある意味作品そのものでテーマを体現している…と言ったら無理があるか。
おまけ・・・蛇足その2
オープニングで書いた通り、『編集王』にはドラマ版が存在します。放送は2000年10月。
漫画版の大ファンだった私は正座をして観たんですが、まあヒドかったです。
記録的な低視聴率、ソフト化もされていない模様(海外製のパチモンめいたものはある)。
主役のカンパチが24歳であったものを主演の原田泰造(当時)に合わせて28歳にするくらいは許容できるのですが、原型を留めないほど全体が「適当に」改変されまくっていました。
演出も大仰で、何かというとカメラに密着するほど接近した泰三が熱血セリフを怒鳴る感じ。
特に許しがたいのがキャラの改変度合いです。
女性であるという理由から理不尽に冷遇され続ける「目白通代」姐さんは序盤の最重要キャラですが、なんとこのキャラが作中屈指のクズ野郎である「三京」の役割をしている…と書けばお分かりになるでしょう。
ドラマ製作者が「何も分かっていない」としか言いようがありません。
全く持って原作に対する愛も何もなく「金の掛かる特撮も必要ない漫画原作で、適当に使えそうな素材だから」引っ張ってきただけでしょう。
単に「つまらない」レベルではなく「許せない」レベルだったために私は一話すら完全に見通すことが出来ず断念しました。
今は「マンガを読んで育った世代」がプロデューサーをやる時代になったためか、「マンガ原作の実写化ドラマ」には粒ぞろいの傑作・佳作・力作も多いのですが、この時代のおっさんプロデューサーたちの毒牙に掛かるとこのザマだった…という黒歴史のお話でした。
まとめ
何故いま「編集王」なの?と言われればぐうの音も出ないのですが、仕事や資格取得で忙しかったのが少し落ち着いたところで買い直した作品の一つだったため、改めて面白さを再認識した…ということです。
あと、調べてみると「電子版」が非常に手に入りやすい状態になっているため、これは時代の後押しということで紹介した次第です。
みんな「編集王」を読んで熱くなろう!